コルナゴ部長こと中尾公一さんから最新レポートが届きました✨
輪行とローカル鉄道でツール・ド・九州の舞台を訪ね、地域の歴史と食を愉しむ旅ライド。
阿蘇駅から早朝列車での輪行を経て豊後大野へ向かい、地元ガイドの案内でコース上の沈堕の滝や原尻の滝、さらに岡藩の歴史や遺構、ダイナミックな岩戸橋の絶景スポットを堪能👀
竹田名物の「とり天定食」や名物パンでの補給を楽しみつつ、天候に合わせた柔軟なコース判断のもと、安全に走破🚲💨
ガイドの存在や地域に息づく物語の魅力を再発見し、観戦にとどまらないサイクリングと地域活性化の新たな可能性を実感する充実の輪行旅となりました🌱
ぜひご覧ください🎵
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4回目となるツール・ド・九州応援ライドを9月12日に開催した。
今回は自転車を列車に載せてスタート地点の豊後大野市へ向かい竹田、瀬の本へと大会コースをたどる久しぶりの輪行ライドだ。
集合は朝6時の阿蘇駅。
まだ駅前もひっそりと静まり返る時間である。
そのためには、熊本市内から参加の場合で4時過ぎには起床か、県外ならかなり早起きしなければならない。
さすがにこの時間では誰もエントリーがなかったら寂しい、せめて1名でもと思っていたところ、ふたを開けてみれば阿蘇駅から5名、さらに豊後大野市では2名の参加があり、私と下城さんで案内する総勢9名のライドとなった。

朝6時の阿蘇駅。
国道57号も駅周辺も車が少なく静けさに包まれていた。
いつも混み合う駅前ロータリーのルフィ像の前にも記念撮影をする人の姿はない。
列車の時間が近づいてくると、駅にポツポツと人が集まり、私たちと同じ列車に乗る観光客のようだ。
そんな阿蘇駅に、輪行袋を抱えた参加者が一人、また一人と集まってくる。
朝6時集合という最初の難関をクリアしたサイクリストはみな眠そうだった。

早朝は改札が閉まっているため切符は券売機で購入する。
支払いは現金またはカードだが、事前に調べたところ、カードはまれに読み取り不良が起こることがあるらしい。
出発前に券売機の前で足止めされないよう、参加者には現金1,510円を用意しておくのがおすすめだと案内していた。

寝坊という最初の関門を無事に越え切符も問題なく購入でき、まずはひと安心だ。

スタート地点となる豊後大野市役所の最寄り駅は三重町駅。
道の駅阿蘇帰着予定の16時から逆算すると、ライドは9時にスタートしたい。
そこで選んだのが、阿蘇駅6時30分発、三重町駅8時31分着の列車だ。
途中、宮地で28分、豊後竹田で13分の乗り換え待ちがある。
少かなりもったいない時間ではあるが、これも輪行の旅程のうちと受け入れることにした。

そろそろ列車が到着するのでホームに行った。
東京から単身赴任で菊陽町に来られている石井さんが、「大分方面は線路を渡った向こう側のホームですかね」と言われて、ホームが2つあれば、上りと下りで使い分けるもの。
都会の鉄道に慣れた石井さんからそんな話を聞き、なるほどと思ったが阿蘇駅ではそうではない。
熊本方面も大分方面も、普段は同じホームの1番のりばから発車する。
2番のりば主に観光列車「ななつ星 in 九州」が利用している。
都会での常識が、阿蘇ではちょっと違う。こんな小さな発見も輪行ライドならではの面白さだ。

無事に列車へ乗り込み、ここでようやく全員がひと息。
早起きと輪行準備の緊張もほどけ、車内はしばしのくつろぎ時間となった。
阿蘇駅から乗車した5名は、熊本から2名、福岡から2名、そして宮崎県日向市から1名。
阿蘇駅からは私が案内し、下城さんは瀬の本で応援ライド恒例の清掃活動を行うため、清掃道具を積んだ車を現地に置き、そこから自走して豊後大野市で合流する予定だ。

列車は阿蘇駅を出て、わずか6分で宮地駅に到着。
ここで乗り換えのため、28分の待ち時間となる。
駅前にはセブンイレブンが最近オープンしたので、朝食を買いに向かう人もいた。
ホームでは思わずあくびも出るが、澄んだ朝の空気の中、輪行の一日はまだ始まったばかりだ。
宮地駅を出ると、しばらくは見慣れた景色が続く。
やがて波野への上りに差しかかると、ディーゼルエンジンの音がひときわ大きくなった。
途中にいくつかあるトンネルの一つが「願成就トンネル」。
以前の私のレポートをきっかけに始まった「トレイル女学院」のコースである願成就坂にあるトンネルだ。
レポートは、サイクリングコースを探していて、波野と阿蘇谷を繋ぐ「願成就坂」という道を見つけた。
この道のことを波野の郷土史家の方に訊ねたところ、波野地域の女学生たちは、このトンネルの上を通る願成就坂を通学路に宮地の洋裁学校まで歩いて通っていたという。
今では列車であっという間に通り抜ける山あいにも、毎日この道を歩き、学びに向かった若者たちの暮らしがあった。
車窓を眺めながらそんなことに思い出した。

2回目の乗り換えは豊後竹田駅。

しばらくすると、大分方面からの列車が到着した。
扉が開くと、想像していた以上に多くの学生たちが次々と降り立ち、静かだったホームを足早に通り過ぎていった。
豊後清川駅の先、岩戸橋付近では、自走で先回りした下城さんが私たちの乗る列車を撮影してくれた。
列車が吸い込まれるように入っていくトンネル。
その切り立った岩壁は、約9万年前の阿蘇の巨大噴火による火砕流が堆積し、固まってできた阿蘇溶結凝灰岩だ。

列車は予定どおり、8時31分に豊後大野市の三重町駅へ到着した。
改札を出ると、地元でサイクルガイドをされている矢野さん夫妻(写真左から2~3人目)が迎えてくれた。
あいさつを交わすと、さっそく輪行袋から自転車を取り出し組み立てに取りかかった。
ほどなく、下城さんも合流した。
車を停める予定だった瀬の本が雨だったため、竹田に車を置き、そこから自走してきたという。
その途中、岩戸橋で私たちの乗った列車を撮影してくれていた。
準備が整うと、矢野さんの案内でスタート地点の豊後大野市役所へ向かった。
知らない土地でも、地元の方に案内してもらえると心強い。
走りながら街の説明を聞くことで、目の前の風景にも奥行きが生まれた。

三重町駅にも市役所にも、ツール・ド・九州の横断幕やのぼりが掲げられ、いよいよ大会の舞台に来たという実感と期待を高めてくれた。
矢野さんを先頭に街中の周回コースを走ったが、ホテルはなさそうなので宿泊地はどこになるのか気になった。
市役所から周回コースを離れ、時折矢野さんの説明が続いた。
そのひとつが、開店前から行列のできる肉屋の「肉の時代屋」。
名物は鶏皮ソーメンだという。
隣接したうどん店「だるま製麺所」にも行列ができて、間違いなく人気店のようだ。
いい情報を仕入れた。
次回は家内を連れて、豊後大野の食を楽しむ旅も悪くない。
ガイドがいれば、何気ない街の風景も旅の目的地に変わる。
今回のライドで、改めてガイドの大切さを感じた場面だった。

コースを少し外れ、下城さんが列車を撮影した岩戸橋へ立ち寄った。
先ほど私たちが乗っていた列車は、この鉄橋を一瞬で渡り、トンネルへと吸い込まれていった。
矢野さんが時刻を調べてくれたところ、あと10分ほどで、別の列車がトンネルから姿を現すらしい。
せっかくなので、その瞬間を待つことにした。

列車を待つ間は、下城さんが運んでくれた補給食のパンとどら焼きで、ひと息入れる時間となった。
パンは2種類あり、写真右は阿蘇のパン屋「豆の木」が作る阿蘇版の「ボストック」。
私の大好物で、ブリオッシュをシロップに浸し、アーモンドスライスをのせて焼き上げたノルマンディー地方発祥とされるフランスの菓子パンだ。
道の駅阿蘇で販売されているので、見かけた際にはぜひ味わっていただきたい。

こちらは栗入りのどら焼き。
手軽に食べられ、エネルギーもしっかり補えるので、ライド途中の補給食にはぴったりだ。

そろそろ列車が来る頃だ。
しばらく耳を澄ませていると、大野川に架かる鉄橋の方から、レールを伝うかすかな振動音が聞こえてきた。
「来るぞ!」
誰かの声に、一斉にスマホを構える。
次の瞬間、轟音とともに黄色い2両編成の列車がトンネルから飛び出してきた。
下から見上げる鉄橋を、どこか遊園地の豆汽車を思わせる姿で駆け抜け、瞬く間に視界の外へ消えていく。
本当にあっという間だったが、それでも待って見るだけの価値がある光景だった。
鉄橋の先には、長い竿を操る鮎の友釣りの釣り人がいた。
反対側から狙えば、大野川と釣り人、伸びた鮎竿、そして暗いトンネルから姿を現す黄色い列車を一枚に収められる。
これまでにない写真になりそうだと頭に浮かんだ。
こういう構図が鉄道ファンの魅力なんだろう。

岩戸橋をあとにして、次に立ち寄ったのは「沈堕(ちんだ)の滝」。
大野川の本流にかかる雄滝は幅約100m、高さ約20mの迫力ある滝だ。
室町時代には水墨画の大家・雪舟もこの地を訪れ、「鎮田瀑図」を描いたとされている。
滝のそばには、明治42年に運転を始めた沈堕発電所の石造りの遺構が残る。
自然がつくった豪快な滝、その力を利用してきた人々の営み、そして近代化の歴史。
同じ場所でいくつもの時代を見ることができるのも、沈堕の滝のおもしろさだ。

滝の横で矢野さんが小さな看板板を指さしながら説明をされた。
「岡藩 滝落しの刑場跡」。
江戸時代、この地を治めていた岡藩には「突落」と呼ばれる刑があり、罪人を沈堕の滝から滝壺へ落とし、そこから生きて逃れることができれば放免されたという。
人の裁きだけでは決めきれないものを、最後は神意に委ねるとうことなのか。
案内板には何の説明もなく、豪快に流れ落ちる滝を眺めるだけなら、ここにそんな歴史があったとはまず気づかないが、サイクルガイドの説明があってこそ知り得たことだった。

道の駅きよかわでトイレ休憩。
ここにもツール・ド・九州の横断幕が目立っていた。

次に向かったのは原尻の滝。
滝の上を通る狭い道もレースコースの一部となっている。
ここをプロトンが駆け抜ける光景は、大会を象徴する一枚になることだろう。
世界各地で開催されるUCIレースでも、このようなコースは珍しいのではないだろうか。

ここで、案内してくださった矢野さん夫妻とお別れすることになった。
お二人の案内のおかげで、豊後大野市の魅力を存分に味わうことができた。
サイクリングで再び走りたいのはもちろん、今度は家族を連れて訪れたいと思える街のひとつになった。

サイクリングの途中、竹田市でも見かけたような、昭和30年代から40年代初めに創業した唐揚げ店が多いことに気づいた。
聞くところによると、盆や正月など人が集まる時はもちろん、祝い事の席にも必ず唐揚げが振る舞われるという。
我が家にとっての馬刺しにも似ているが、手頃な価格だけに、より気軽で身近な存在なのだろう。

そんな話を聞くうちに、頭の中はすっかり「唐揚げ」一色になった。
そこで竹田市に入り、国道57号沿いの「天神丸福」で昼食を取ることにした。
丸福は阿蘇をはじめ各地に店舗があるが、店によって味が微妙に異なるらしい。

丸福の店舗の中でも、ここは店内が広く土日でも並ばずに入れる。
今回のライドの人数でも、全員が同じテーブルを囲むことができた。
ただし、個別会計には対応しておらず、会計は2組までという決まりがある。

堤さんは、この店の名物かどうかは定かではないものの、よく知られている「大盛りかつ丼」を注文した。
写真では伝わりにくいが、普通のかつ丼の3倍はあろうかというボリュームだ。
初めは「おいしい」と笑顔で箸を進めていたが、後半になるとさすがに疲れた表情を見せ、完食には至らなかった。

ほかの人は定番のとり天定食だった。
この辺りを走るなら、やっぱり丸福は外せない。
そして迷うことなく注文するのは定番の「とり天定食」。
運ばれてきた皿には、揚げたてのとり天がどっさり。箸でひとつ持ち上げ、そのまま熱々を頬張る。
サクッ――。
軽い衣の中から現れるのは、驚くほどやわらかく、ふっくらとした鶏肉。
噛んだ瞬間に肉の旨みが広がり、そこへタレの酸味と風味が重なる。
そして、すかさず白ご飯。これが、たまらない。
原尻の滝からここまで暑さがつらい上り基調を走ってきた身体には、揚げたてのとり天と白ご飯が恐ろしいほどよく入る。
観光スポットや絶景だけではなく、その土地を走って、その土地で腹を空かせ、その土地の名物を食べる。
これもサイクリングの大きな楽しみだ。
さて、しっかりとエネルギーを補給し、再び走り出す。
予定では瀬の本を経由して阿蘇へ戻るはずだったが、空模様が怪しい。
瀬の本へ向かう途中で雨に降られれば、そのまま濡れたやまなみハイウェイを下ることになる。
今回は輪行で参加した私をはじめ、リムブレーキの自転車が多かったため、安全を優先して国道57号で帰ることにした。
道の駅波野を過ぎた辺りで雨が降り始めたものの、全員が落車やトラブルもなく、無事に道の駅阿蘇へゴールした。

ツール・ド・九州のコースを走ることだけが、この応援ライドの目的ではない。
少しコースを外れ、自転車を止めて、その土地の風景や歴史に触れてみる。
そんな寄り道を楽しめるのも、サイクリングの大きな魅力だ。
大会をきっかけに、九州各地のコースが通る地域を訪れ、そこにある魅力をもっと多くの人に知ってほしいと思う。
そして今回、改めて感じたのが「案内する人」の存在の大きさだった。
何気なく通り過ぎてしまう風景にも、その土地ならではの歴史や物語がある。
それを知るには、地域に精通したサイクリストや、今回の矢野さんのようなサイクルガイドの存在が欠かせない。
ただ走るだけでは見えなかったものが、ガイドと走ることで見えてくる。
ツール・ド・九州が、そんな地域との出会いにつながっていけばと思うし、今回の応援ライドは、その可能性を改めて感じるライドでもあった。
