コルナゴ部長こと中尾公一さん最新レポート「レンコン町、竹田グラベルライド」

コルナゴ部長こと中尾公一さんから最新レポートが届きました✨

手掘り地層トンネルと歴史遺構を巡り、竹田の地質・文化を体感する初のグラベルライド。

阿蘇山噴火の記憶を留める竹田市(通称「レンコン町」)を舞台に、牧野ガイド・釜崎氏(ショウ君)提案のもと、手掘りの地層トンネルや野鹿洞穴、岩戸橋、白水ダムなど阿蘇溶結凝灰岩が織りなす独特の景観を探訪。

「竹田ホルモン」での賑やかな交流会や「ななつ星」のお出迎えに遭遇した岡城跡の自転車散策、城下町のトンネル巡りなど、オプションの交流・宿泊・アフターライドも大盛況。

走行のみならず地域特有の地形や歴史・食文化に触れ、新たなサイクルツアーとしての大きな可能性を開拓する充実の二日間となりました。

ぜひご覧ください🎵

 

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阿蘇市に隣接する大分県竹田市。
今回は竹田市をフィールドとする初めてのグラベルライドを開催した。
竹田市は「レンコン町」と呼ばれる。
これはレンコンが特産品ではなく、レンコンの穴をトンネルに喩えてそれほどトンネルが多いという意味だ。
その背景には、地形や地質、歴史が深く関わっている。
阿蘇山の4回の噴火で堆積した熔岩や火山灰の地層が、長い年月をかけて川に削られ、山と谷、川が複雑に入り組む地形が生まれた。
平地がほとんどないため、山に隔てられた地域を結ぶには、トンネルを掘る必要があった。

 

 

この地域には、加工しやすい阿蘇溶結凝灰岩が広く分布しており、トンネルを掘りやすい条件もそろっていた。
しかし、かつてこの地を治めた岡藩では、複雑な地形を天然の要害として築城された岡城を守るためにトンネルの建設を禁じていた。
明治期にその禁が解かれると、長らく峠越えを強いられてきた住民たちが、自らトンネルを掘り始めた。
こうして造られた多くのトンネルが今も残っている。

 

今回のコースは、阿蘇市在住の牧野ガイド、釜崎笙君ことショウ君が提案され、手掘りのトンネルや、地層が見える未舗装のトンネルを調査しながらルートを組み立ててもらった。
大方出来たところで、ショウ君の案内で下城さんと私の2人で試走に行くと、隣町に多くの手掘りのトンネルがあることは驚きの連続で、その気持ちを取り入れて募集することにした。

 

集合場所には、竹田市から提案いただいた竹田市総合運動公園を利用した。
園内の4施設は、竹田市の企業「丸福」がネーミングライツ・パートナーとなっており、竹田丸福スタジアムをはじめ、陸上競技場、テニスコート、多目的広場にも竹田丸福の愛称が付けられている。

 

今回はオプションとして、ライド後の交流会と宿泊、さらに翌日のライドも組み込んだ。
交流会の会場に選んだのは、焼肉店の多い竹田のなかでも、ホルモン焼きで人気の「竹田ホルモン」。
宿泊は、阿蘇駅前の旅行会社「MOYAI」に手配をお願いし、個室の宿に加えて、ツインやドミトリータイプの宿も用意してもらった。
参加されたのは、交流会・宿泊が私たちを含めて10名、ライドが6名となった。

 

翌日のオプションライドに岡城跡を組み込んでいたところ、竹田市の協力により、自転車で岡城跡を訪れる機会をいただいた。
また、九州観光機構からは「たけた城下町まちめぐりパスポート」も提供いただいた。
パスポートには岡城跡の入場券をはじめ、歴史資料館など文化施設5館の利用と温泉入浴券も付いており、ライド後も竹田のまちを楽しむことができる。
グラベルを走るだけでなく、自転車を通して竹田の歴史や文化にも触れるライドとなった。

 

 

10月31日(土)10時に竹田市総合運動公園・竹田丸福スタジアム前に集合した。
広い駐車場、トイレ、自販機、街中にも近く集合場所には最適の場所だった。
それに竹田名物である塩唐揚げの竹田丸福の紹介や、帰り道にある「竹田丸福道の駅すごう店」での持ち帰りの提案も出来た。

 

参加されたのは、長崎、福岡、熊本から集まった16名。
ショウ君、下城さん、私の3人で案内した。
コースは距離40km、獲得標高660mと、グラベルライドとしては比較的参加しやすい設定とした。

 

昼食は「荻の里温泉」のレストランを予定していた。
予約はできないものの席数は多い。
ただ、地域の方にも人気の温泉施設で、食事時は混雑することも考えられたため、全員が一緒に座れない場合もあることをブリーフィングで説明した。

さらに混雑していた場合に備え、近くの「丸福本店」で店内での食事はできないものの、テイクアウトができるので外で食べることも選択肢として考えていた。

 

スタートして57号線に入り、しばらく走ると最初のグラベルが滝水川沿いの砂利道だった。
大分の川はマグマなどが冷え固まる際に柱状に入る亀裂である柱状節理が多く、河川に侵食されると角柱状に整然と崩れていき独特の景観となっている。
この川も普通の河川には見られない渓相である理由をショウ君が説明されていた。

 

川沿いの道から田んぼ道へ入る。
この地域はイノシシが多く、最初の試走では田んぼが柵で囲まれ、入れる場所は少なかった。
ところが、2回目の試走では稲刈りが終わって柵も開けられ、気持ちよく走ることができた。

 

 

 

最初の地層トンネルに到着。
みなさんにライトを点けてもらう。

 

中に入るとショウ君が手持ちのライトを点け、地層を説明しながら走る。

 

鮮やかに波打つ地層に、驚きの声が上がり、スマホのシャッター音が響き渡る。

 


路面はぬかるみ、水溜まりもある。

 

そのうえ、石も転がっている。

 

ふらつくたびにライトの光がそれ、進む先をうまく照らせない。

 

暗闇を進むのが怖くなる。

 

ここで転んで泥水まみれにはなりたくない。

 

トンネルを抜けると……

 

そこは畑。その先に道はない。

以前は道が続いていたのかもしれないが、今は行き止まりになっていた。

 


暗闇にも少し慣れ、来た道を引き返す。

 

ここは、めったに車が通らない道から、さらに山道へ入ったところにある。
竹田の人でも知らないのではないかと思う。
美しい地層には、降灰の跡と思われる黒い筋も見える。
そこから、数千年、数万年前のこの地域の姿を読み取ることができるのだろうか。

 

続いて立ち寄ったのは、野鹿洞穴だ。
手前には古川洞穴もあるが、この人数で訪れるには狭いため、今回は野鹿洞穴を選んだ。
阿蘇火砕流堆積物が、大野川の支流である藤渡川に浸食されてできた洞穴で、高さ3m、幅18m、奥行7.5m。
大分県を代表する縄文時代の洞穴遺跡だ。

 

発掘調査では、土器や大理石製の耳飾り、岩隅などの石器、針などの骨角器が出土している。
洞穴の中央部には、炉跡と考えられる焼土も確認されている。
また、埋葬された4体の人骨も見つかっており、縄文時代を通して、住居と埋葬の場として使われていたという。

 

洞穴へは、案内看板から民家の庭先を通って向かう。
遺跡の前で畑仕事をしていた年配の女性に話を聞くと、以前は階段があり、誰でも見学できたそうだ。
ところが、大雨で階段が崩れ、今はとても危険な状態だという。
女性は、竹田市に整備してほしいと話されていた。

 

野鹿洞穴から一山越え、集落の先にある地層トンネルを訪ねた。
今回のコースで最も大きなトンネルだ。

 

幾重にも重なる地層は、まるでバームクーヘンのようだ。

 

それにしても、大きさの割に短い地層トンネルだ。

野鹿洞穴で会った方によると、かつてはこの先にも道が続いていたが、大雨で崩れ、今は行き止まりになっているという。
近くの集落の人たちは、回り道や山越えをせずに行き来するために、このトンネルを使っていたのだろう。

 

昼食は「荻の里温泉」のレストランで。
阿蘇市波野の人たちも訪れる人気の温泉施設だ。
待ち時間を心配していたが、2つのテーブルに分かれて席に着くことができた。
食事を終えてくつろいでいた年配の方たちは、私たちの姿を見ると、スタッフに「片付けを手伝おうか」と声を掛け、席を立たれていた。

 

20名近くがそれぞれ違う料理を注文したので、多少時間がかかっても仕方ないと思っていた。
ところが、思いのほか早く料理が運ばれてきて驚いた。
町の奥まったところにある、昭和の雰囲気が残る施設。
観光客よりも地元の年配の方が多く、気負わず立ち寄れる温泉食堂という印象で、料理にはそれほど期待していなかった。
ところが、これが美味しい。汁物も熱々だ。
サラダは好きなだけ取れるスタイルで、トマト、ミニトマト、キュウリ、レタス、キャベツ、ラディッシュ、ピーマンと種類も豊富。
野菜が高いなか、なんとも豪華だ。
しかも、お客さんが手土産に持ってこられた野菜だというから、また驚いた。
ここは、ぜひまた訪れたい。

 

午後は、石橋の岩戸橋を見学に行った。

 

嘉永2年(1849年)に造られたというから、ペリー来航の4年前だ。
橋の右側と下には2本の水路があり、その先には岩戸大橋も架かっている。
それぞれが重なり合うような景観だが、現在は木々に覆われ、その眺めを見ることはできない。

 

当時の様子を伝えるのが、この写真だ。

小国の旧国鉄宮原線の橋梁遺構や、美里町の眼鏡橋などを巡るのも、サイクリングと相性がいい。

 

次に訪れたのは、照明のないトンネルだ。
入口はごく普通に見えるが、途中から様子が一変する。

 

途中から上にも穴が掘られている・・・

 

トンネルを抜けると、その上にも別のトンネルがあり、二重構造になっているように見える。
何のためにこのような造りにしたのか、考えても分からない。

 


軽トラックが通っていたので、今も現役のトンネルとして使われているようだ。
また訪れる機会があれば、なぜ二重構造になっているのか、地元の方に聞いてみたい。

 

試走ではグラベルらしい道を見つけられなかったため、行き止まりの道も、コースのアクセントとして組み込んでみた。
この付近については、前田さんがYouTubeでも紹介されているので、最後にその動画を紹介したい。

 

 

何も関係ないが「中尾八幡社」もコース上にあったので立ち寄ってみた。

ここは中世にこの一帯に勢力を持った入田(にゅうた)氏の氏神で入田村の鎮守でもあった。
地元の武士一族が崇敬し、村の守り神としても祀られてきたお宮だ。

私の姓と同じ「中尾」については、かつて中尾姓の神官がいて、その姓から社名が付いたという伝承がある一方、この場所は江戸時代には中尾村と呼ばれ、今も住所に字上中尾が残っている。
江戸時代には、岡藩主の中川氏が神社を崇敬し、宮田(神社に納める米を得るための田)を奉納したと伝わるという。

 

最後に白水ダムを訪ねた。
石張りの堰堤を白い薄衣のように水が流れ落ちていた。
片側のなめらかな曲面も、もう片側の石の階段も、水の勢いを和らげるための工夫だという。
田畑に水を届けるために造られたダムに、こんな美しい流れが生まれるとは驚きである。

 


ここでいったんライドは終了。

続くはオプションの10名の参加の交流会と翌日の6名参加のアフターライドだ。

 

交流会は城下町の路地にある「竹田ホルモン」へ。
昭和の面影が残る店でホルモンを囲んだ。
参加者には、今年のツール・ド・九州のコースに採用された原尻の滝の前にある道の駅原尻の滝の駅長さんや、豊後大野市でサイクルガイドをされており、豊後大野からスタートしたツール・ド・九州応援ライドの案内をしていただいた矢野さんも参加していただいた。

 

店に入ると、私たちが18時に予約していた席以外は、すでに常連らしい人たちが焼肉を楽しんでいた。
店内の雰囲気は、いたるところ懐かしい昭和感が漂っている。
席に着き、店の看板メニューのホルモンを見て、その大きさ、厚さに驚いた。
これが噂の竹ホルか。
さっそく昔ながらの卓上ガスロースターで焼いて秘伝のタレにつけて食べてみた。
分厚いのに柔らかい。
これまで食べたことのない美味しさだった。

 

翌日は、午前中に岡城跡周辺をサイクリングすることにしていた。

岡城跡を訪れると、何と鎧姿の親子が出迎えていた。
クルーズトレイン「ななつ星in九州」が竹田駅に停車し、乗客が観光に訪れるための出迎えだったようだ。
本丸跡では、着物姿の女性数名による琴の演奏、(もちろん「荒城の月」に違いない)も行われていたようだ。
このようなJR九州のサプライズ企画がななつ星の魅力のひとつになっているのだろう。

 


私たちにとってのサプライズは、岡城跡へ行く登城バス専用の道を、竹田市からの配慮によって自転車で行かせてもらえたことだ。
ゆっくり走りながら、急斜面に築かれた延々と続く壮大な石垣の眺めは圧巻であり、難攻不落の城の理由が分かるものだった。

 

岡城が「難攻不落」といわれたのは、断崖と川に守られた地形に加え、実際に島津軍の攻撃を退けた歴史があるからだ。

 

①深い谷と断崖が、敵の接近を阻んだ

岡城は、北の稲葉川と南の白滝川に挟まれた細長い台地の上に築かれている。
川から城の中心部までは約100メートルもの高低差があり、周囲は断崖絶壁。
川が天然の堀となり、大軍でも城へ簡単に取りつけない地形だという。

 

②島津の大軍にも落とされなかった

1586年に始まる豊薩合戦では、城主の志賀親次が岡城を守り、島津軍の度重なる攻撃を撃退した。
この実績が、「難攻不落の城」という評判につながった。

ただし、島津軍を退けた当時は、現在のような総石垣の城ではなかった。
今見られる壮大な石垣は、1594年に入城した中川秀成らによって整えられたもの。
つまり、あの石垣が築かれる前から、岡城の地形そのものが強力な防御になっていた。

 

岡城跡から急坂を下りの天然の掘となる白滝川に降りた。
甲羅状の列柱石など水によって削られた痕跡が珍しい。

 

最後に白壁の家が立ち並ぶ街並みを走った。
かつての城下町だろう。
その背後には岩山が壁のように行く手を挟んでいる。
細い道から岩山の方に入ると、まさにレンコン町を思わせる小さなトンネルがあった。

 

これが入口

 

これがトンネルを出たところ。
動画で見ると分かりやすい。

 


トンネルを抜けると、そこには2車線の道路が広がり、その先には竹田市役所が見えてくる。
城下町と竹田市の中心部を結ぶ、この小さなトンネル。
かつて城下町が外の世界とつながる大切な通り道だったことを思うと、感慨もひとしおだ。
旅の最後を飾るにふさわしいこのトンネルに、参加者それぞれが竹田の町への思いを深めていたようだった。

 

グラベルライドのコースづくりには、その土地の未舗装路に精通した人や、日頃から地元でグラベルを楽しんでいる人の存在が欠かせない。
今回はそうした協力者がいない中、ショウ君が何度も現地に足を運び、コースを探りながら準備を重ねてくれたおかげで、初開催にこぎつけることができた。

 

参加者の感想は、何よりもライド中に見せてくれた皆さんの笑顔が物語っていたのではないだろうか。
阿蘇山の噴火によって形づくられた独特の地形や風景を、自転車で巡るという体験は、阿蘇ならではの魅力でもある。
今回の取り組みを一度きりのイベントで終わらせることなく、阿蘇のサイクルガイドが提供するツアー商品として育てていく可能性も十分にあると感じた。

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