コルナゴ部長こと中尾公一さんから最新レポートが届きました。
熊本県内にある桜の名所では、今年も美しい桜が観光客の目を楽しませてくれました。
阿蘇地域にも桜の名所が数々あります。
素晴らしい桜の名所を巡ったライドレポートをご覧ください
・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚

4月5日、自転車乗りにおすすめしたい阿蘇の花見スポットを巡るライドを開催した。 私が選んだのは、南阿蘇村の長陽駅、観音桜、そして高森町のサクラミチという三者三様の桜名所。 これらを阿蘇五岳の逆時計回りに結び、最後は人も車も通らない巡礼の道・日ノ尾峠へ。 鉄道 × 一本桜 × 桜回廊という異なる魅力が重なり合い、阿蘇の春を立体的に見せてくれる花見ライドだ。

今回参加されたのは、福岡と熊本からの5名に加え、 北海道・知床を拠点にサイクリングツアーを開催されている方もお越しになった。ブリーフィングでの自己紹介では、 「阿蘇サイクリングの中でも、今日は日ノ尾峠を走ってみたくて来ました」 と話され、その一言で参加者の期待が一気に高まった。
さらにその方は、グラベル用のホイールとタイヤを一式持参されていて、 「次はぜひ阿蘇でグラベルライドを体験したい」 と目を輝かせておられたのが印象的だった。阿蘇の地形や文化に強い興味を持つ方のようで、 その背景や活動については後ほどあらためて紹介したい。

道の駅阿蘇をスタートしてしばらくは、3.6kmのウォーミングアップ区間。
その先に続く7.5kmの一直線の農免道路では、向かい風の中を時速30kmほどで少し頑張って走った。この日の走行距離は70km弱、獲得標高も1000m以下。練習を兼ねて参加される方もいるので、適度な強弱をつけて走ることにした。
途中、東海大学阿蘇キャンパスの学生たちが暮らしていた学生村跡に立ち寄り、熊本地震の様子を話しながら進んだ。そして10時、2016年4月14日の熊本地震で崩落した旧阿蘇大橋のたもとに到着した。

震災から10年。
あの頃、自分にできる復興支援として、
地震の悲惨さや、それに向き合いながら暮らす阿蘇の人々の姿を、
サイクリングで巡り伝えてきた。
忘れかけてしまいそうな記憶をもう一度確かめるために、
5月31日には同じコースを走る計画も立てている。
そんな思いもあって、この震災遺構に立ち寄った。

南阿蘇鉄道の長陽駅には、10時30分に到着した。 この鉄道も熊本地震で甚大な被害を受け、全線が復旧したのは震災から9年後の2023年7月。 その間、いくつかの駅ではカフェなどが営業を続けており、長陽駅の「久永屋」もそのひとつだ。 列車が走らない時期も、駅に温かみを残し続けてきた場所である。
長陽駅を桜の名所として選んだ理由は、沿線の桜並木とワンピース号、 そしてトロッコ列車が織りなす景色が最高に絵になるからだ。 さらに、ここには品種の異なる桜が植えられており、開花時期がずれるため、 長い期間にわたって花を楽しめるのも魅力のひとつになっている。

カフェの人気メニューであるマフィンは、まだ焼き上がっていなかった。 それでも駅舎の中には甘い香りがふわりと漂い、朝の長陽駅らしい穏やかな空気が満ちていた。

駅の近くの桜はすでに終わりかけていたが、ちょうど列車がやって来てくれた。
残念ながらワンピース号ではなく普通列車だったものの、参加者のみなさんには、この駅ならではの雰囲気はしっかり伝わったと思う。

観音桜の近くにある南阿蘇の温泉施設「木の香湯」は、 リニューアルを含めたリゾート施設「南阿蘇フィールドホテル」として 5月にオープンする予定だ。 見学に立ち寄ろうと思っていたが、まだ建設中で敷地内には入れなかった。
完成後は、温泉付きのトレーラーキャビンが31棟、 グランピングタイプが8棟、さらにレストラン&カフェ、ドッグラン、 無人コンビニなどが整備され、敷地は8000坪にも及ぶという。
ここの料理長(イタリアン)の鈴木さんはサイクリストで、 七岳七福神ライドの試走でもご一緒した方だ。 4月11日の「Demo day in 阿蘇」にも来られ、 夜のBBQ親睦会にも参加されるとのことで自転車による繋がりがとても楽しみである。

11時、観音桜に到着した。
受付で地元ボランティアの方に保全協力金300円を支払うと、「少し説明しましょうか」と案内看板の前で話をしてくださった。
樹齢100年を超えるこの桜は、枝ぶりが大きく広がりすぎて自重を支えきれず、木の支柱で支えられていた。その痛々しい姿を見た福岡の造園業の方が、枝に小さな傷をつけ、培養土を入れた塩ビパイプを添えて根を出させる「ガジュマル工法」を施したところ、そこから伸びた根が地面に届き、やがて太い枝となって桜自身を支えるようになったそうだ。

その姿が南国の木「ガジュマル」に似ていることから、昨年から「ガジュマル観音桜」と呼ばれるようになった。現在も多くのパイプが枝を支えるように立てられており、それぞれが新たな枝へと成長している最中だという。
参加者のみなさんも熱心に耳を傾け、一本桜が生きようとする力、生かそうとする地元の方の愛情に静かに感心されていた。

観音桜を選んだのは、牧野の中に咲く一本桜だからだ。 開花の時期がちょうど野焼きのあとに重なり、 阿蘇五岳を背景に、黒く焼けた牧野と淡いピンクの花が くっきりと対照をなすこの阿蘇らしい景色を見てもらいたかった。

観音桜を後にし、すぐ上にある観音桜公園の芝生広場へ立ち寄った。
ここから眺める南阿蘇の景色は広がりがあり、それを眺めながら清々しい空気をしばし堪能した。
その後は井手沿いの細いグラベルを通って高森方面へ。
この日は全員ロードバイクだったため、細くて滑りやすい路面に気を配りながら慎重に進んだ。そのため写真は撮れなかった。井手は周辺の草刈りと、井手の掃除のためと思うが水が流れていなかったが、普段ではあり得ない道にみなさん驚きつつも楽しんでいたように思う。

昼食は高森駅近くの2軒の店を候補にしていたが、昼を避けた13時なのにどちらも満席だった。 そこで初めて訪れる「喫茶てのは am」に入ることができ、ここで昼食をとることにした。 店内には女性客が2組おられ、どうやら人気店のようだ。

ランチは当初1600円以下を想定していたが、ここでは少しオーバーした。 それでも最後の手段はコンビニという選択肢を避けられてよかった。 このライドでは、できるだけ地元にお金を落とすことを大切にしているからだ。

私はムングダルカレーを注文した。 インドでよく食べられる挽き割り豆・ムングダルを使ったカレーで、 肉が入らないぶん軽く、あっさりとした味わいが特徴だ。 ほかの参加者は、あか牛バーガーやビーフストロガノフなどそれぞれ選んでいた。
店内は落ち着いた雰囲気で、ゆっくりとした時間が流れていた。 そして何より印象に残ったのは、コーヒーの美味しさだ。 一口飲んだ瞬間に丁寧に淹れてあり思わず感心してしまった。

14時30分、サクラミチ到着。
かなりの花見客だ。
駐車場はシャトルバスが往復していた。
キッチンカーも何台かあった、
仮設トイレもあり、
警備員が忙しく車の誘導をしていた。
根子岳寄りの半分の道は歩行者天国になっていた。
凄いぞ、高森町!

少し前に比べると信じられないくらいの花見スポットになっていた。
2019年7月にここに来た時に工事がかなり進んで驚いた。
多分、根子岳を貫通するトンネルが出来るのはと思ったくらいだ。
その時のブログがこれだ。

あまりに美しかったので2往復した。
サクラミチを阿蘇の桜の名所に選んだ理由は、最も阿蘇らしい根子岳をバックに枝垂れ桜の廻廊という日本全国どこにもない魅力が揃っているからだ。

ここで、知床から参加された西原さんを紹介したい。
「知床サイクリングサポート」の代表ガイドとして、サイクリングツアー、ネイチャーツアー、バックカントリーツアー、そして先住民エコツアーを15年にわたり案内されている方だ。
なぜ阿蘇に来られたのか伺うと、奥さまのご実家が大分県にあり、そのついでにサイクリング環境の整った阿蘇へもよく足を運ばれているという。ついでに私のことも詳しくご存知であり、共通の自転車仲間もいらして驚いた。参加者のみなさんも、北海道・知床の話には興味津々で、「いつかガイドさんの案内で走ってみたい」「知床のグルメも味わってみたい」といった思いを抱かれたに違いない。
いただいたパンフレットには、
屈斜路湖一周60km(未舗装率30%)、
摩周湖一周60km(未舗装率55%)、
雌阿寒湖一周60km(未舗装率50%)
など、グラベル好きにはたまらないコースがずらりと並んでいた。
その内容を見ているうちに、思わず「阿蘇満喫グラベルライド・知床遠征」 なんて企画をやってみたくなるほどだった。
ではサクラミチの動画をどうぞ。

サクラミチを後にすると、いよいよ日ノ尾峠の上りが始まる。 最初はきれいで広いアスファルト舗装の道だが、 スギ林に入ると一車線になり、やがてセメント舗装へと変わっていく。 鍋平のキャンプ場を過ぎると、道幅は軽トラ1台分ほどの牧野道になり、 そこから先は放牧の牛たちのエリアだ。
牧野に入る際は、牛が逃げないように鎖で閉められたゲートを開けて通るが、 通過したら必ず元どおりに閉めるのがルール。 この人と牧野が共存する道を進むことが、日ノ尾峠の魅力でもある。

牧場に入ると、あか牛が数頭ゆったりと草を食んでいた。
いつのも風景だ。 この牛たちは人に近づいたり追ってきたりすることはない。
ただし、牛の後ろを通るときだけは注意が必要だ。 近づき過ぎると後ろ蹴りをすることがあり、 蹴られれば大怪我どころか命を落とした例もあるので、必ず距離を置いて通過することが鉄則である。ましてや自転車から降りて牛の背後から写真を撮ったりするのは厳禁だ。

15時30分、日ノ尾峠に到着した。
鍋平キャンプ場からは3.2kmの上りで、静かな牧野の中をじっくりと登ってきた。ここからは7.4km・標高450mを一気に下り、旧道に出て4km走ればゴールだ。予定していた16時にはなんとか間に合いそうだった。
ただし、下りの道には木の枝が散乱していたり、ところどころ泥が流れ込んでいたりと、路面状況は万全ではない。そのため、参加者のみなさんには「ここからはゆっくり、安全第一で下りましょう」と声をかけた。もちろん前後のライトは全員点灯だ。

峠から阿蘇谷へ下る道は、このような路面の上薄暗い。
サクラミチ側からの上りはさらに荒れ気味で、日ノ尾峠はむしろグラベルライドに向いている。今年度、滝室トンネルが開通すれば、57号線の滝室坂は車が大幅に減る見込みだ。
そうなると、グラベルライドのコースとして、滝室坂を上り、町古閑牧野道を抜け、265号・218号を経由して小倉原牧野を下り、サクラミチから日ノ尾峠を上って戻ってくるルートも魅力的だろう。阿蘇の地形と牧野道の魅力を存分に味わえる、阿蘇らしいグラベル周回コースになりそうだ。

峠からの下りの途中にある別荘地では、この日こそ霞んでいたものの、晴れていれば高岳の眺望が素晴らしいため、いつもフォトスポットとして立ち寄っている。同時に、安全のために気分転換する休憩ポイントにもしている。
というのも、この先は一度アスファルト舗装になりスピードが出やすいが、牧場付近で再びセメント道に変わり、段差が三箇所続く場所がある。私は半年前にそこでパンクした経験があり、参加者にも必ず注意を促すようにしている。この休憩は、景色を楽しむだけでなく、下りの危険箇所に備えるための大切な時間でもある。

全員ケガもなく、予定を少し過ぎたものの無事にゴールした。
とはいえ、アクシデントがまったく無かったわけではない。ひとつは、日ノ尾峠の下りにある三箇所の段差で、下城さんの後輪がパンクした。
私自身も半年前に同じ場所で後輪をパンクさせており、段差を避けるためのジャンプのタイミングが合わなかったのが原因だ。クリンチャータイヤでは一瞬で空気が抜けてしまうので、下りでのパンクはスピードが出る分より危険性が高い。それに後続を巻き込む可能性もあるため注意が必要だ。
そしてもうひとつは、道の駅阿蘇の第二駐車場に着く直前の出来事だった。
先頭を走っていた私の左側から、家の敷地から黒い車が突然飛び出してきた。咄嗟に急ブレーキをかけ、右斜めに車体を倒しながら後輪がロックしたことで、自転車は2時の方向へ向きを変え、間一髪で衝突を避けることができた。「今日も事故なく終われた」と思っていた矢先のことで、最後の最後まで油断は禁物だということを痛感した。

今回の花見ライドで選んだ三箇所、長陽駅、観音桜、サクラミチを阿蘇五岳を逆時計回りにつないだコースは、走ってみてあらためて良さを実感した。阿蘇谷では阿蘇五岳の北側の表情を、南阿蘇では南側の表情を、いずれも左手に眺めながら進み、高森からは五岳を正面に捉え、そしてフィナーレでは、五岳の中でも特異な山容を持つ根子岳の“懐”へと入り込んでいく。この視点の移り変わりが非常に印象深かった。
日ノ尾峠は、1950年代までは「火野峠」とも呼ばれ、265号やパノラマライン(坊中線・吉田線)が存在しなかった時代、阿蘇と南郷(南阿蘇)を結ぶ唯一の道として、古来から重要な役割を果たしてきた。
南郷の人々は宮地の郡役所へ向かう際にも、また2000年以上の歴史を持ち、阿蘇山火口をご神体とする火山信仰と結びついた阿蘇神社への巡礼の道としても、この峠を越えていた。
しかし、車の時代になり新しい道路が整備されると、この道は拡張も舗装もされないまま取り残され、今もほとんどがセメント道のまま静かに残っている。通るのは農耕車両がごくわずかで、いつ訪れてもひっそりとした空気が漂っている。
大正時代の文献には、峠から高森の町並みが見えていたと記され、高岳方面には採草地として広大な草原が広がっていた。江戸時代に関所の役割として、阿蘇氏が武士を住まわせ峠の麓には日ノ尾村があった。多い時には37戸が暮らしていたが、廃村となった後は樹々が生い茂り、二つの神社が残るだけになっている。そんな日ノ尾峠は、阿蘇の歴史と暮らしの記憶が静かに息づく“特別な道”だ。これからも安全に気を配りながら、阿蘇ライドの中でも大切に案内していきたいと思う。
