コルナゴ部長こと中尾公一さんから12月21日(日)の福岡遠征「よしたまライドin福岡」のレポートが届きました★
2025年は熊本県内だけでなく、県外・九州外からも多くの方にご参加いただき、銀輪が取り持つ人の輪が広がりました。
2026年も更なる銀輪の輪を広げていけるよう、皆さまのご参加をお待ちしております♡
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今年最後のブログは、玉名のよしたまさんが企画されたグラベルライド「よしたまグラベルin福岡」に阿蘇満喫グラベルライドの合流開催という始めて県境を越えて福岡のグラベルを走ったレポートだ。よしたまさんは、いつかは熊本でグラベルイベントを実現したいと熊本を中心にグラベル道を探求されており、その実現のためニセコや京都、四国などほかの地域で開催されているグラベルイベントに積極的に参加されている。
今回のフィールドとなるのは、九州で八十八ヵ所のお遍路が出来る福岡県粕屋郡篠栗町のグラベルがコースになり、グラベル仲間の福岡の東さんが担当された。参加者には11月の阿蘇満喫グラベルライドに来られたハタノさんや、東京から単身赴任で阿蘇に来られて今月の阿蘇満喫MTBライドで牧野を走られた久米さんも来られていた。
また、東さんとよしたまさんとニセコグラベルを一緒に走られた熊本の前田さんも来られており、この3名とも阿蘇満喫グラベルライドによく来られている方なので、みなさんにお会いしたら阿蘇で開催しているかのようだった。

福岡ICから12分ほどの鳴淵ダムやすらぎゾーンの駐車場が集合場所になっていた。あまり広くない駐車場だがトイレと自販機があり、ここを起点に篠栗四国八十八カ所めぐりの奥山をコースとして、午前中は南側の若杉山付近のグラベルと、午後は北側の呑山観音まで萩尾地区のグラベルがコースになっており、「八十八もの仏教寺院」、「「巡礼」、「お遍路」という馴染みのないキーワードがいつもとは違う雰囲気を漂わせていた。
走行距離40km、獲得標高1300mというかなり上りが多く、募集の際にこの動画でグラベルの荒れ具合が公開されて、タイヤサイズの推奨は40C以上とされるなど、難易度が想定できるようになっていた。

スタートして国道まで下り、道を横断したらすぐに狭い舗装路の上りが続いた。八十八の霊場をたどるお遍路さん以外は通ることは少ないのか車はほとんど見かけなかった。古びた旅館がいくつもあったが、お遍路はシーズンオフなのか営業していない感じだった。スタートして50分後、ここで一息いれてグラベルが始まった。

待ちに待った23日振りのグラベルだ。

グラベルに踏み入った瞬間に見えない扉が開き、通常の時間から逸脱したかのようで気持ちがいい。4%くらいの上りであれば落ち葉や砂利を踏む音と、ハンドルに伝わる感触がグラベルライドならではの心地良さだ。ロードバイクだったら、すれ違う車に気を付けないといけないし、絶景以外単にキツイだけでゆっくり走ってもあまり楽しみはない。

この日はスタートする直前まで雨だったので路面はウエット。しかし、水はけがいいのか阿蘇のように連続する水溜まりや泥のセクションはなく、適度の湿り気がしっかりしたグリップを感じる絶妙なコンディションだった。そして山全体のしっとりした空気感がグラベルライドの雰囲気をより盛り上げてくれた。

東さんたちの試走により、「そろそろ休憩したいな」というちょうどいいタイミングのところで一息入れることができた。補給食やパンや饅頭を食べたり、ウエアの調整をすることでまた楽しく走ることができる。これも大切な試走のポイントだ。

勾配がキツくなるとセメント道になり、より厳しい上りにはスリップ防止の横溝がつけてあるがここはその区間が多かった。

ここからもうひと頑張りだ、
「これでもか」と、嫌になる少し手前の道が続くが、ワイワイ冗談を飛ばしながら走るのもグラベルライドの楽しみの一つだ。

東さんたちが一番見せたい場所、米ノ山展望所に到着。

博多の街が一望できて、福岡タワー、博多湾まで広々とした絶景には驚いた。景色を封鎖する樹木どころか柵がないことも感動の景観になっている。これを見るためにだけに「ヒーヒー」言いながら来る価値はあると思った。

米ノ山展望所からウィンドブレーカーを着込み長いグラベルの下りになる。上ってきたとき確認できたガレガレのグラベルには、大きな浮石や段差が激しいテクニカル区間が連続する。

そこで重要になるのが、タイヤの大きさ、ブロック形状、それに空気圧だ。
私のタイヤサイズは40C、ブロックはあまりなく、致命的なのがクリンチャーなのでパンクを恐れて3.0barという高圧ゆえにグリップ力がなく荒れた道向きではない。なのでほとんど最後尾近くを走ることになった。
グラベルバイクといっても、どんな走り方をしたいのかによって自転車のタイプと足まわりが決まってくる。比較的フラットな目の詰まったグラベルの高速走行なのか、かなり荒れたグラベルで走破力優先なのか、バッグが多く付けられるキャンプ使用なのか、そのような好みによって変わってくる。
私のグラベルバイクはオンロードもそれなりに走れる仕様なのでこの日のようなグラベルは苦手になってくる。そこでホイールをワンセット導入して、チューブレスで45Cタイヤの少し粗目のブロックタイヤ、というのが終わりのない物欲になっている。

そんなことを思いながら走っているとクリンチャーの方がパンク、やはりグラベルライドではタイヤが最も大切である。

スタート地点に戻ってきたら昼食だ。
椅子テーブルと温かいお茶を持参して、セブンのコーヒー用の保温ボトルもグラベルライドには相性のいいアイテムだ。これにボンベがあるとカップ麺も実に美味しい。それに普段は食べることはないけど甘めのお菓子も疲れを癒してくれる。

午後からも長いグラベルの上りが続く。
しかし、グラベルバイクはロードと違いクランクの細かなギア比と、スプロケットの大きな歯数によって悪路の上りでも脚に負担は少なく、スピードは遅いがグイグイと進んでいく。

だから上りでも楽しい。

あらゆる道を走破するために北米で生まれたグラベルバイク、この日のコースはそのポテンシャルを最大限に発揮できる道であり、私ならコースから外すような長い上りでも問題なくてグラベルライドの領域が広がった。

予定時間の15時にゴールした。
私のガーミンは走行距離37km・獲得標高1173mになっていた。上りと下りだけで数字以上にタフなコースだった。山に入ると車や人との遭遇もなく、自分の技量を駆使して走るグラベルはみんな大満足だったと思う。それにある境界に分け入るような冒険心に満ちたところも篠栗四国八十八カ所めぐりの地ならではあり、「魅惑のお遍路道」という言葉がこの日のまとめである。グラベルライド、楽しまなきゃ損である

今年日本で開催されたグラベルイベントの有名な大会として、静岡県の「富士グラベル2025」、来年はUCIワールドシリーズとして開催の宮城県の「グラベルクラシックやくらい」、北海道の「パナレーサー・ニセコグラベル2025」、北海道の「十勝アンパントグラベル」、兵庫県の「パナレーサー・丹波サイクルデイズ」、高知県の「すぐもグラベルまんぷくライド2025」、があり残念ながら九州でのグラベルイベントはなかった。

2026年4月11日(土)・12日(日)の2日間、第3回目となるスポーツバイクの試乗会「Demo Day in 阿蘇」を開催予定だ。そこでグラベルファンとしては、前述したように走行に一番影響するのがタイヤなのでタイヤメーカーに是非出展してもらい専門家の意見を聞きたい。
例年、マキシスは出展されているが、上記で紹介したグラベルイベントのいずれもサポートし、ニセコはメインスポンサーで、やくらいは特別協賛というグラベル界のけん引役でもあるパナレーサーは、九州でのグラベルイベント開催を希望する私たちにとって、まずは出展していただきたいと思っている。
十勝アンパントグラベルではパナレーサー大和竜一社長がこのようにインタビューに答えられている。「この一年、パナレーサーは各地でイベントの開催に協力してきました。その目的の第一は、ユーザーに参加してもらい楽しんでもらうということ。そして第二に掲げるのが、声を掛けてくれた地域に対し、その地域創生に協力していくというミッションです・・・」

最後に1年間目標にしてきた「ツール・ド・おきなわ2025」について。
毎回100kmのレースで5箇所の関門を超えて完走を目指してきたが、今回は83kmの4箇所目の関門の制限時間に間に合わず10回目の完走はできなかった。
過去10回参加して2015年は完走率が24%となり、その年はもちろん完走できなくて年甲斐もなくその場で涙した。2敗目となった今回は家内に「ダメだった」と電話したあとに言葉が詰まってすぐ切ったあと涙がわいてきた。

今回完走出来なかった理由は、スタートした9時45分からしばらく暑さは感じなかったが、20km地点の長い上りになる11時くらいから、かなり暑くなり38kmで左足に足攣りの前触れが始まった。
45km地点でついに左足の内側が攣ったが、そこまでの苦痛ではなかったので、あまり減速することなく走っていたら攣りは消えた。しかし、その後、今度は右足の内側が攣って、まわりにも足攣りに苦しんでいる人が多くいた。
3番目の関門は10分早く通過したが、60kmの坂に入ると両足の内側と左足ふくらはぎが同時に攣り、悶絶する苦痛になった。その痛さといったら今まで経験したことがない絶体絶命のピンチだったがペダルは回し続けた。
足攣りにより自転車を降りて苦しんでいる人や、ゾンビみたいに体が伸びている人を多く見かけて、どうやら足が攣るタイミングは共通していたようだ。しばらくすると不思議と攣りが消えたので再発を恐れながらもペースを上げ、いい感じの集団に乗って83kmの宮部の関門突破を目指した。
あと2kmのところで後ろからパトカーが「制限時間を超えましたので道路封鎖がなくなり左端を走行してください」とアナウンスしながら追い越して行った。すべてはあっけなく終わった。せめて関門で大きく赤旗を振っているのを目に焼き付けたかった。
宮部に着くとかなりの人がいてその中に沖縄の権藤さんを見つけたので、ゼッケンと計測チップを返して一緒にゴールまで走った。あとで私のカテゴリー(40歳以上)のリザルトを見ると、239名中完走したのは142名、完走率59%、少し早くスタートした40歳未満は56%、参加者の年齢を見ると私と権藤さんが最年長だった。
ちなみに完走者のうち60歳以上は6%と少なく62歳以上はいなかった。だったら来年は最年長完走を目指して今年の悔しさを晴らしたいと思っている。そのためには練習だが今の私のスケジュールはオフシーズンなのでゆっくり過ごし、野焼きが終わったらトレーニングを再開することにしている。
今年も阿蘇満喫ライドではみなさんにはお世話になりました
2026年も引き続き毎月3回開催しますのでどうぞよろしくお願いします。
